さまざまな事情で、「転職」「退職」を考える人もいます。それぞれの人・それぞれの会社の事情によって、転職・退職の理由も異なってきます。また、「どのようなかたちで転職・退職をするか」も変わってくるでしょう。
ここでは主に「会社都合での退職」となった場合の考え方と、企業側・雇用されていた従業員側、双方にとってのメリット・デメリットについて解説していきます。
転職者の割合と転職のかたち
「ひとつの会社に長く勤め続けて、ひとつの会社で定年退職まで勤め上げる」というかたちが当たり前だった時代は、もうずいぶん昔のこととなりました。
どのデータを見るかにもよりますが、ネットリサーチ会社を利用し、800人を対象としたアンケートでは、「全体の半分を超える人が、転職の経験がある」とされています。
そして、転職の前には「退職」があります。この「退職」には大きく分けて4つの種類があり、それぞれ特徴が異なります。この「特徴の違い」を知ることは、企業側にとっても雇われている側にとっても非常に重要であるといえます。
まず、その「4つの退職の種類」についてみていきます。これは、
- 自己都合退職
- 自然退職
- 早期優遇退職
- 会社都合退職
の4つに大別されます。それぞれ詳しく見ていきましょう。
自己都合退職
多くの人にとってなじみ深いのがこの「自己都合退職」でしょう。自己都合退職とは、従業員側自らの都合によって退職を申し出るもので、あらゆる退職のなかで、この「自己都合退職」はもっとも割合の多い形態となります。
退職届や退職願、あるいは辞表などを出し、仕事を辞するかたちをとるのが一般的です。なお、基本的には就業規則に決められた期間(たとえば3か月前までに申し出るなど)の前に申し出て辞める形が一般的ではありますが、ケースによってはこの限りではありません。
企業の人事を担当する人間が知っておきたいのは、「就業規則よりも法律の方が優先される」という点です。労働基準法(以下「労基法」)では、「退職をする場合は、退職をする2週間前に申し出れば良い」としています。
たとえ就業規則において、「3か月前までに言うべし」としていても、従業員側が2週間前に退職届を出してきた場合、企業側はこれを拒むことはできません。
また、「自己都合退職だから、残っている有休は消化せない」「締め切りをすぎてからの申し出だったので、有休は認めない」とすることもできません。これは労基法39条に違反することになるため、認められていないのです。
自然退職
自然退職とは、「病気やけがなどを理由として仕事を休んでいたが、休職期間をすぎてもなお復職することができない」という状態に陥ったときで、かつ「会社側は退職のすすめをせず、従業員側もまた退職の意向を示さない」という場合は自然退職となります。
一般的に企業側では、就業規則として、「休職期間は1年とする。それをすぎてなお、復職の見込みがない場合は、退職とする」としているでしょう。このような状況で退職をする・させることになった場合、企業側は退職通知書(企業側から、従業員側に対して出す退職を通知する文章)を出す必要はありません。
ただし、無用のトラブルなどを避けるためには、これを出すことが推奨されます。
自然退職の一礼として、「病気やけが」をとりあげました。ある意味ではこれは、やむを得ないことだといえます。ただ、企業側から見て特に気になるのが、「無断欠勤が続いている」という状況でしょう。
「特段の理由がなく無断欠勤が続いており、かつ音信不通である」といった場合、企業側からすれば、とても困ったことになります。
この場合は、就業規則に従い、従業員側を自然退職扱いとすることができます。ちなみにこの場合も退職通知書を出すようにするとベターです。 なお、「解雇」の場合は、従業員側に対して「相手に解雇の意思表示がきちんと届いていること」が必要となります。
ちなみに、円満な退職である「定年退職」「そもそも有期期間の雇用であり、雇用契約が満了した」などの場合も、この「自然退職」にあたります。不幸なことに、就業期間中に死亡した場合も、自然退職として扱われます。
早期優遇退職
「早期優遇退職」はしばしば、「Restructuring(リストラクチャリング。再構築の意味で、日本語においては、会社の立て直しのために行われる組織の再構築や企業の合理化を示す単語として使われる)」の代表例として取り上げられるものです。
早期優遇退職は、ごく簡単に言うのであれば、「優遇措置を設けることを条件として、希望退職者を募ること」となります。
たとえば企業側の状況が少し思わしくない状況のときなどに、「退職金を割り増しすることを条件として、早めに退職する希望者を募る」などのようなやり方をいいます。
人員整理を目的として行われることが多く、ケースによっては部署ごとに希望人数を募らなければならなくなる場合もあります。
ちなみにこのかたちの場合、「従業員側の『自己都合で』退職を申し出る」というかたちにはなります。しかし前述したように、このかたちの場合、会社側が人員整理の一環として行う場合が多いため、会社都合退職とさせるのが一般的でしょう。
会社都合退職
ほかの3つとは異なり、「会社都合退職」は会社側に起因する事情によって、従業員側との雇用契約を終了させることをいいます。
これについては詳しくは後述しますが、会社側の事情によって退職をさせるという特徴を持ち、企業側には相応の責任と対応が求められます。
なお、「会社都合退職と、会社都合解雇は異なるのか」についてはなかなか難しい問題です。
この2つは表裏一体なところもあり、明確に区別するのが難しいからです。 ただ、会社都合退職については、「(単なる従業員の解雇に限った話ではなく)会社自体が倒産したり、会社側が退職勧奨したりした場合も会社都合退職に含まれる」と考える説もあります。
会社都合退職について考える~どのようなケースが会社都合退職にあたるか
会社都合退職にあたる場合として、たとえば以下の2つがあります。
- 会社の業績不振によって、従業員側との雇用契約を終了せざるを得なくなった
- 会社側が従業員側に対して、セクハラやパワハラ、いやがらせ、不要な残業や過度な業務の押し付けがみられ、その結果として従業員側から退職の申し出があった
この2つは、両方とも「会社都合退職」になりますが、その対応や性質は異なります。解説していきます。
会社都合退職(会社都合解雇)も自由にできるわけではない
「会社の業績が悪化したから、出来の悪い社員をクビにしよう」、「会社の業績が思わしくなくなったので、この機会に必要のない従業員を解雇しよう」と考える人もいるかもしれません。
業績悪化を理由として従業員側を解雇することは、法律上企業側に認められている権利です。なおこれは、一般的に、「整理解雇」とも呼ばれます。
ただし、これはどのような場合であっても適用できる権利ではありません。
会社都合退職(会社都合解雇)ができるかどうかには、明確な基準があります。その条件を満たさない限り、たとえ会社の業績が悪化していたとしても、従業員側を解雇することはできません。
会社都合退職ができる条件とは、次の4点です。
【会社都合退職ができる条件】
- 人員整理を行う必要性が認められる
- 従業員側の解雇を避けるために相応の努力をしたにも関わらず、人員整理をする以外の方法がない
- 従業員側が解雇されるのに、相応の理由と合理性がある
- 手続きが正当なものである
(参考:厚生労働省 知って役立つ労働法第5章)
たとえば、1のケースでは、「業績不振を解消するために会社都合退職(会社都合解雇)に踏み切ることは認められますが、「今よりもっと業績を上げるため」を理由とした場合はみとめられません。
また、「役員の報酬を少なくして、配置換えや、一部の人を早く帰らせたり、希望退職者を募る(早期優遇退職)などをしたりして、できるだけ整理解雇を避けるための手続きをしたにも関わらず、業績が改善しなかった場合」などは、2の条件を満たしたと考えられます。
「あいつは気に食わないから、クビの対象としよう」などの考え方は、3の条件をクリアしないために認められません。
また、違法性のある方法で相手を退職に追い込むことも、当然認められていません。
企業側として抑えておきたいのは、「ほかのあらゆる対応を支払ってなお、どうしようもないときにのみ、会社都合退職(会社都合解雇)が認められる」という点です。
これを満たさないと、不当解雇として従業員側に訴えられる可能性があります(ただし、中小企業などの場合は、中小企業側の状況が考慮された判断が出されたこともあります)。
セクハラなどを理由とした場合はどうなるか
セクハラやパワハラを理由として、従業員側が退職を申し出た場合、ケースによってはそれが「会社都合退職(会社都合解雇)」となることがあります。
セクハラなどがみられた場合、会社側にはそれに対して必要な措置を行う義務があります。これは、男女雇用機会均等法の11条に定められています。
たとえば、セクハラを受けたとする従業員側が、会社側に対してその悩みを打ち明け、改善するように訴えていたにも関わらず、会社側がそれに対して適切な処置をとらなかった場合、非常に大きな問題になります。
この状況で従業員側が、かたちとしては「従業員側の申し出」によって退職を申し出た場合であっても、「会社都合退職」と認定される可能性があります。この認定を受けた場合、会社側はさまざまな助成金の申請ができなくなるなどのペナルティが課せられることになります。
また、セクハラをした加害者本人だけではなく、会社側も使用者責任として慰謝料の請求を受けることもあります。
ただ逆に、「たしかにセクハラはあったが、会社側としてはしっかり調査を行い、セクハラをしていた人間に対して相当の処分を行った。また、それを従業員側に伝えたが、従業員側の意思は『退職する』という状況のままで変わらなかった」などのような場合は、たとえ退職後に従業員側が「あれは会社都合退職だった」としても、退けることができる場合もあります。
会社都合退職のなかでも、セクハラなどに関しては、個々のケースによって判断が大きく異なります。被害者側の言い分と加害者(とされる側)の言い分、また会社側の言い分が異なることも多くみられます。ここでは主に会社側の立場で解説していますが、会社側も従業員側も、相手の対応に疑問があるのであれば、法律の専門家に助けを求めることが重要です。
会社都合退職(会社都合解雇)を行うデメリット
それでは、会社都合退職(会社都合解雇)を行う場合のデメリットは何なのでしょうか。
そのデメリットとしては、以下のようなものが挙げられます。
- 解雇予告手当金を支払わなければならない可能性がある
- 助成金の対象外となることもある
- 裁判に至ったり、社会的な信用が低下したりする場合がある
それぞれ見ていきましょう。
解雇予告手当金を支払わなければならない可能性がある
会社都合退職(会社都合解雇)は、いつでも自由に行えるわけではありません。会社都合退職(会社都合解雇)を行う場合、会社側は従業員側に対して、30日以上前に会社都合退職(会社都合解雇)を通知する義務があります。
この通知義務を怠った場合、会社側には「その従業員側に対して、予告期間に満たなかった日数以上の給与を支払わなければならない」という決まりがあります。
つまり、「20日前に会社都合退職(会社都合解雇)を告げた」という場合は10日分の、10日前に告げた場合は20日分の給与(以上の金額)を支払わなければならないという決まりがあるのです。これを「解雇予告手当」といいます。
助成金の対象外となることもある
上でも少し触れましたが、会社都合退職(会社都合解雇)を行った場合、いくつかの助成金を受け取ることができなくなったり、またその額が減額されたりといったペナルティを受けることになります。この代表例が、「キャリアアップ助成金」です。
キャリアアップ助成金とは、「従業員側を、有期契約から正規契約へ、有期契約から無期契約へ、無期契約から正規契約へと契約形態を変えた事業所に対して支払われる助成金」のことをいいます。最大で1人当たり60万円の助成金が、国から出ることになります。
しかしこのキャリアアップ助成金は、原則として、支給申請時点において、その対象となる従業員側を解雇していないことが条件となります。
天災などの止むを得ない場合を除き、このような制限にひっかかった場合は、助成金をもらうことができないようになっているのです。また今回はキャリアップ助成金について取り上げましたが、トライアル雇用助成金も制限の対象となります。
これらは従業員側の立場を良くしたり、従業員側の雇用を促進させたりするために会社側に対して出される助成金です。
そのため、会社都合退職(会社都合解雇)を行う会社にとってはふさわしくないものと考えられ、制限がかけられるわけです。
キャリアアップ助成金の場合、理論上は900万円ちかい助成金を受けることができるようになるため、これを当てにしていた会社の場合、大きなデメリットになりかねません。また、会社都合で退職勧奨などを行った場合、退職金の上乗せが必要になるのが一般的です。
裁判に至ったり、社会的な信用が低下したりする場合がある
上記で「セクハラ」の例を取り上げましたが、会社都合退職(会社都合解雇)はしばしば、大きな問題につながります。日本においては従業員側の権利は非常に強く守られていますから、会社都合退職(会社都合解雇)を行うことで裁判沙汰になる可能性もあるのです。
裁判には、時間とお金がかかります。また裁判に負けた場合、慰謝料が請求されることもありますし、不当解雇だと判断されれば解雇の取り消しが命じられる場合もあります。もちろん裁判をした結果として会社側の言い分が認められればこの限りではありませんが、訴訟のリスクがあることは理解しておくべきでしょう。
また、裁判で負けた場合、それが大々的に報じられることもあります。裁判にまで至らなかった場合でもSNSで拡散されることもあるでしょう。
このような「拡散された情報」は、コントロールが非常に難しいものです。一度拡散された情報を止めることはできません。たとえ、裁判によって「会社側に非はない」と判断された場合であっても、SNSなどでその情報に接した第三者はブランドに対して悪いイメージを抱き続けたままである……ということもよくあります。
このように、会社都合退職(会社都合解雇)を行う場合、会社側は多くのデメリットを背負う可能性があります。
会社都合退職(会社都合解雇)のメリットとは
会社側にとって、会社都合退職(会社都合解雇)をすることの一番のメリットは、「会社の再起を図ることができる可能性がある」という点でしょう。
もともと、会社都合退職(会社都合解雇)をする場合、「そうしなければ会社を守ることができない、会社を存続させられない」あるいは「そもそも会社が倒産する」などの緊急事態のなかにあります。
たとえ会社都合退職(会社都合解雇)をしても再起を図ることができないケースもありますが、それでも、大幅に人件費をカットすることで会社を存続させられる芽が出てきます。
また、会社都合退職(会社都合解雇)を行うことで、従業員側の生活をある程度守ることができます。
- 失業保険を早く受け取れる(最短7日以内)
- 失業保険の受給期間が延びる(最長330日)
- 解雇予告手当がある
従業員側が会社都合退職(会社都合解雇)をした場合、失業保険をすぐに(退職後、最短で7日以内)受けることができるようになります。対して自己都合の場合は、3か月間が経過しないと失業手当を受けることができません。
また、失業保険の給付期間も長くなります。自己都合では最大で150日までしか失業保険を受けることができませんが、会社都合退職(会社都合解雇)の場合は、330日まで受けられる可能性があります。ただし失業保険は最低半年以上の間雇用保険に加入していた場合、支給の対象となります(自己都合の場合は1年以上)。
加えて、「会社側は1か月前に解雇予告をしなければならない、しない場合は解雇予告手当を給付しなければならない」という法律があるため、1か月間の給与支給がなされます。これによって、従業員側は自分の生活を維持したうえで、仕事を探すことができるわけです。
会社都合退職(会社都合解雇)を行う会社は、断腸の思いを抱えることになるでしょう。しかし自社に尽くしてくれた従業員側の生活をある程度守ることができるという事実は、その断腸の思いを少しは軽くしてくれるはずです。
まとめ
「会社都合退職(会社都合解雇)」は、一般的な退職・解雇とはまた性質の異なるものです。やむを得ない事情で行われるこの会社都合退職(会社都合解雇)は、会社側にとってもつらい選択となるでしょう。ただその特徴やメリット・デメリットを知ることは、会社側にとっても、また従業員側にとっても救いとなるでしょう。